運良く数ヶ月で次の仕事にありつけたが、前職を一年経たずに退職していることから要注意人物として最低評価からスタートすることになった。
「がんばって汚名を返上するように」という内容の激励を受けたが、ショックでしかなかった。
しかもそれが災いして、荒っぽい先輩に目をつけられる。
「鍛え直してやんよ」と言われたが、やはりそこでも協調手段が「酒」だった。
酒が飲めないと知られるのはまずいと判断した。でもそれで飲み会に行って酒を飲まずに帰る法法が思いつかなかった。というか、なかった。
現場で「飲めない」を連呼して断るしかなかった。
そうしたらふつうに殴られた。
止めてくれる人がいなかったのでボコボコになった。
そんなことを数回繰り返した。
「先輩の酒を断るからだろ」と言われるが、飲んだら飲んだでぶっ倒れて評価を落とすことを過去の経験から俺は知っている。
社会人なら評価を落とすどころじゃ済まないことも知ってる。そう言った主張もしてるのになんで誰も聞かないのか。
被害者のはずなのに、先輩や上司からこっぴどく怒られる。
「二度とするな」と言われたが、俺は基本的になにもしていない。
何を二度としなければいいのかさっぱりわからなかった。
半ばヤケになって泣きながらそれを言うと、殴られた。
こうなってようやく俺はこの会社も、と言うかこの地域が俺にとってのディストピアだと思うようになった。
この頃よく相談ごとをしてた相手は(親類)は「産まれてこのかた、お前以外の下戸を見たことがない」と言う。
そう言えば俺もあの町にいた間は自分以外の下戸に会ったことがない。
むしろ、酒飲みしか見たことない。
たまに「酒はそんなに好きじゃない」と言う人はいても、飲み会に足繁く出席しては飲み明かす。そんな人ばかりだった。
俺はアルコールのない飲み物を酒のように飲み、軽くだが酔ったふうに振る舞う技を身につけたが、やつらなぜかこっちの飲み物を逐一チェックしようとしてくるので油断できないし、注文も超気を使う。
ストレスでしかなかった。
しかも、結局はいつかばれる。
書いてて自分で吹き出しそうになる。ばれるって何だろう。
悪事を働いてたみたいだ。
でも、相手にしてみたら悪事に他ならなかったのだろう。
どいつもこいつも親の敵のように糾弾してきて、俺はバイトですら失う。
しばらくしたら世間が「酒の強要は悪」という風潮になってきた。
…と、テレビで知った。
本当に遅いんだけど、俺はようやく町を出るという選択肢を思いつく。
全国の風潮がそうなろうが、きっとこの町は2000年先まで変わらない。
本家の長男だからかも知れないが、俺も親族も、俺はこの町でずっと暮らすものだと思いこんでいた。
ばか正直に親に言ってしまったから、反対にあい多少難航したが、ならば絶縁もよろしいと強引に町を出た。
思いついてから実行まで二週間ほどだったと思う。
なんとか貯金が尽きる前に仕事を見つけた。
歴が歴なのでやはり最底辺評価からのスタートだったが、五年ほどでふつうと思われる生活を手に入れた。
正直、酒で苦労することはあった。
けれど、あの町よりは圧倒的にまし。
少なくとも飲めなくて飲まなくて評価が底まで落ちると言うことはない。
まあ、もう若くもないからそういった自由が利くのもあるかも知れない。
あの町のこと、受けた仕打ちを人に話してもまず信じてもらえない。
酒は強要するものではないのが当たり前だからだと思う。いいことだ。
あんな町や風習は俺の妄想でも構わないと思ってる。もはや男の関係もない。
と思ってたら最近、ここ2、3年くらいあの町の名前をよく耳にするようになってる。
酒飲みのパラダイスなんだそうだよ。
アル中病棟が儲かりそうな町ですね。
飲まないから絶対行きたくねぇ
西成か九州か