離婚の原因は母の浮気
当時の家庭の状況は、父と母は39歳、俺は18歳、妹が15歳だった。
それに祖父母と同居していて、たまに叔母が離婚するたび家に帰って来るしている。
それまでは自分が反抗期で父親をくそおやじ扱いしてたり、母親と話すのが気恥ずかしかったりしていたけど、まあ仲のいい家族であると思っていた。
しかし冒頭でもふれたとおり母親が浮気をした。しかも2回目らしい
浮気をしてからというもの両親の喧嘩が絶えなくなった
父親がキレて首を絞めるところを目撃したり、母親が死んでやるとか言い出すようになった。
「新年会のと祖父母にきよくいびられる」とか「祖父母が妹にべんきょうできないkzだって言っている」とか「父親はなんも助けてくれない」とか。
だから、寂しかったから浮気をしたと言われた。当時かわいそうだと思っただから父親に抗議したこともあった、軽く論破されたが…
父親は変わらなかった。父親なりに俺ら兄妹のことは心配してくれていた。ただ、心配されているとき、ちょうどあくびをしてしまって、うっすら目に涙が浮かんだのが泣いてるんだって勘違いされてことは、すごくはずかしかった
母親が中心となってまとまっていた両親と俺ら兄妹の中はもろくも崩れ去ってしまった
俺と妹は部屋にこもりがちになった
そんな中、冬の夜、急に荷物まとめろと言われた
祖父母の家から出ていくらしい
それが離婚しない条件なのを察して喜んだ。
まあ結局半月しか持たずに離婚して実家に帰ってきたがな。
実家に帰ってきて一番びびったのは高校時代の部活の練習着とか、その他もろもろ捨てられていたことだ
もういらないと思って捨てたと祖母から言われた
なんだそりゃ
長文過ぎたため下に続きます
>>413の続き
一浪をへて大学に入った
地元に帰るのもおっくうになるくらい遠くの大学だ
これのせいもあってか、もともと逃げるつもりだったかはもうわからないが、結果的に逃げてしまった
その後逃げるように部活に没頭したり、彼女に没頭したりしていた。
現実逃避をしていた
この大学生活親からの連絡を無視したり、必要なことでもぎりぎりまで連絡しないでいた
お盆や正月でも実家にあまり帰らなかった
そんなこんなで現在に至る
このスレに書き込んだきっかけも没頭していた部活も引退し、彼女とは別れてしまっていやでも現実を見なけりゃならなくなったからだ
当時は母親がかわいそうだなんて思っていた
しかし今では、周りを固めていただけじゃね?って思うようになって正直嫌いになりつつある。女の嫌なところを見せられた感じがして
上には書いてないが、「これ浮気相手の電話、出てみる?」みたいなこと言われたのも無神経だなあって思っている
逆に父親はそんなに拒否反応を示さなくなった
子供っぽい反応は問題だと思ったが
まだ気恥ずかしくて正直にはいえないが
祖父母への連絡もあまりしたくはない
この一件で最も印象が変わった人達だったりする
自分が理想だと思っていたみんな仲良くを体現していると思われていた家族が上っ面しか見ていなくて現実を思い知らされてしまったっていう俺の修羅場
今でも連絡の通知が来ただけで心臓がバクバクして手が震えてしまうくらいにはトラウマになってる
長文乙ではあるが
離婚してどっちに付いてったのか
父母どちらの祖父の家にいたのか等の説明が無いんで
イメージがいまいち浮かんでこない
>>415
ごめんなさい
離婚して父親についていきました
祖父母も父方です
>>416
有り体だけど、
その経験を忘れず教訓として、
人に優しく幸せな家庭を、今から自分が築いていけばいいさ。
女の嫌なとこ見れたのも、辛い思いをしたのも、逆にラッキーとでも思えれば楽になるぞ
こういってはなんだが、この報告者にもかなり難ありだわ
当初は不倫した母親に何も思う所がないどころか、可愛そうとか思ってたとか、ちょっと人の心が無いとすらいえる
それは大学生活できてるのは誰のおかげなのかも考えもせずに親の連絡も無視してた、とかその辺りからも読み取れる
母親のそういうところはこいつにも遺伝してる、としか言いようがないな
なんだこの文章は
ネットの書き込みにしても酷すぎる
母親の知恵遅れが遺伝してる