だが会話という会話は【母としこ】と【妹めぐみ】のみの生活だった俺には、
女の子と言葉を交わすということが非日常的すぎてだいぶ混乱気味だった。
「ご、ごめん、えと、あの、」
「三年生のときゼミ一緒だったんだヨー^o^」
話の内容によると、久しぶりに大学の女友達で集まったら、
思い出話になって俺の話になって俺と話したくなって電話したらしい。
「それでね、よかったら今度、林くんと会いたいナーって^^*」
なに?なんなの?俺の時代はじまっちゃうの??
魔法使い覚悟してたけど勇者になっちゃうの??
悪い、書きためたぶんいっこ飛ばしてしまった。
ある日のこと。
もはや2ch閲覧グッズと化していた鳴るはずのないiPhoneが鳴った。
知らない番号からだった。
「もしもし?林くん?」
「えっ、あっ、はい……??」
間違いなく林は俺なのだが、相手は知らない女の子の声だった。
「わたし、佐藤でーす。覚えてないよねー?^^:」
佐藤…………………知らん。
そして、二人で会うことになった。デートだ。人生初のデートだ。
俺はこの日のためにわざわざ服を買いに行ったぐらい興奮していた。
ぶっちゃけ佐藤さんはめちゃくちゃ可愛かった。
俺はキモくならないようにドモらないように必死に振舞い、
笑顔の彼女に癒されながら思い出話や近況を楽しく話した。
「すごい、すごいよお、夢を叶えるために勉強頑張ってるなんて><*」
「いや、そんなことないって…俺頭悪いから…。」
俺は相当現状を美化して話していた。
一通り話して落ち着いたところで、彼女は立て続けに言った。
「今日、会えてよかったぁ。わたし、感動しちゃった」
「それでね、わたしも林くんの夢を支えられたらなって思ったの」
「うんとねでもね、あたしの口からちょっと説明しづらくて」
「ほら、あたしって口下手だから変な誤解与えちゃいそうで怖いんだぁ」
「近くに友達が来てるんだけど、その人すごいベテランの人だから、その人の話聞いてみて!」
「いま近くにいるみたいなんだけど呼んでも平気?」
そして、あれよあれよという間に佐藤さんより少し年上の女性が現れた。
すでにおわかりいただけたであろうか。
プギャーしていただいて構わん。
俺は化粧品やサプリメントに35万もつぎ込んでしまった。
いわゆるデート商法でありネズミ講にハマってしまったのだ。
(彼女はネズミ講とはまったく違うと終始主張していたが)
↑ネットワークビジネスというらしい
母としこに嘆き悲しまれ、妹めぐみにバカにされ
自分自身もそんな古典的な手に落ちてしまったことが悔しくて
大量の化粧品とサプリメントを前に生きる気力を失いかけていた。
だが貯蓄も尽きはじめ歳も無駄に食ってもう半ニートはしてられなかった。
しかしバイト探しも面倒くさい。
「榎本さんにお願いしといたから!面接いっといで!!」
そのとき、母としこが助け舟を出してくれた。
榎本さんというのは、かつて母としこがパートで働いていた、とあるデパ地下の寿司屋の店長だった。
あまり気力が出なかったがせっかく斡旋してくれたので言われるままに面接に行ったら
「おお、君が啓介か!うん、としこさんから聞いてるよ。うん、で、いつから来る?」
と陽気なおっさん(といってもギリギリお兄さんライン)にいきなり言われ、
面接という名の顔合わせのような感じでいきなり採用が決まり働くことになった。
えのサン(榎本さん)はスゲーいい人で、歳の離れた兄貴みたいだった。
ミスしても「あとでぶっとばす!」と言いながらフォローしてくれたし
パートのおばちゃんたちも、まるで息子のように可愛がってくれた。
俺のすさんだ心も少しずつ回復してきて、普通にレジに立つこともできるようになった。
ただそれ以外に、もう一つだけ俺の心を癒してくれるオアシスがあった。
それが、隣のとなりのケーキ屋さんの山本さんだった。
隣のとなりのケーキ屋さんは、たまに廃棄品をおすそ分けしてくれた。
彼女はいつも笑顔で「ちょっとですけど、どうぞ^^*」と笑顔で持ってきてくれた。
「おっ、山本ちゃんいつもありがとね!!」
えのサンがそう言っているのを聞いて名前を知った。
山本さんは完璧美人ではなかったが、いつもニコニコしていて、
「あ、ど、ドモ…」と俺が挙動不審にしても笑顔で会釈を返してくれた。
でも、半年間経っても一年間経っても交わせるのは挨拶だけ。
もうちょっと、ほんのちょっとでいいから進展が欲しかった。
それでもマルチにひっかかって女の子に対してビクビクになった俺にとって
そして女子と会話を交わす経験なんてほとんどなかった俺にとって
自分からきっかけを作るなんてのはとても無理な話だった。
でも想いは募るばかり。
もはや一年も片思いしてると我慢の限界だった。
「榎本さーん、おつかれさまでーす!」
「おっ、ゆうた~サンキュウな!!」
ケーキ屋には、ただひとりだけ男の子が働いていた。
歳はまだ二十歳かそこらだと勝手に思っていた。
えのサンがゆうたと呼ぶこの男の子も、たまに廃棄ケーキを届けてくれた。
(……これだ!!)
俺は一世一代の勝負にでることにした。
「あの、森くん、よかったら、あの、よかったら今日終わったら呑み行こう…。」
廃棄ケーキを届けてくれたあとにひっつかまえて小声で誘ってみた。
『森』というネームプレートを付けた、そのゆうたという男の子は
一瞬びっくりしたような顔をしたが「いいですよ。」と了承してくれた。
この子に話すキッカケを作ってもらえれば…きっと何か動き出すはずだ。
(頼むよ…!)
俺は年下の子にすがる想いでそうお願いした。心の中で。
居酒屋で生とタコわさをつっつきながら、とりあえず世間話をした。
森くんは22歳で、ケーキ屋と介護職のかけもちをしてるらしい。
俺はマルチのことは伏せたが公務員浪人からいまの仕事に就いたことを話したりした。
「で、どうしたんです急に。」
そりゃ聞かれるわなと思いながらも、ここで言わなきゃ男がすたると思い
「う、うん、そうだよね急に、ごめん、あの…」
ためらいながらも山本さんのことを話した。
そしておそるおそる出した俺の気持ちは
森くんのストレートパンチを受けることになる。
「山本さん、彼氏いますよ。」
うわあああああああああ
「たしか、付き合って三年くらいですよ。」
うわあああああああああああああああああああああ
そりゃそうだ。あんな可愛い子に彼氏がいないはずがないのだ。
ちょっとでもお近づきになりたいと思った俺が馬鹿だったのだ。
こんな鈍臭くて何の取り柄もなくこの歳でフリーターの俺が浅はかだったのだ。
「………そう、ですよね…。」
もはや、何の言葉も出てこなかった。
「なーんだ。そういうことかー。」
森くんはなんだかガッカリしたようにそう言いながらも
意気消沈して言葉も出ない俺の顔を気にしているようだった。
「そんな落ち込まないでくださいよ。」
「うん。。。」
もはや顔もあげられないほど落ち込んでいた。
一年間の片思いが…淡い恋心が…。
森くんは、俺の頭をチョンチョンとつっついて、笑顔で言った。
「自分、フリーですよ。」
「…はあ。」
………。
……はあ??
そっちかwwwww
え?
「自分と付き合いましょうよ!」
いや、ちょっと意味がわからないです。
「えーと…。」
「林さん、誰とも付き合ったことないしDTなんでしょ?」
「う…まあ…。」
「いざ山本さんがフリーになって付き合うことになったとき
経験もまったくないDTじゃ色々まずいと思うんですよねー。」
「う…。」
「だから自分と付き合っといたほうがいいですよ!」
「はあ…。」
「ね、そうしましょー!」
「いや、でも…。」
「ね!色々教えてあげますから!!」
その日、俺に初めて恋人ができた。
…残念ながら男だったが。
現状をよく理解できていないままフラフラの帰り道。
えーと、俺は失恋して、彼氏ができて、って、何かおかしくね?
『ゆうたです。啓ちゃん今日はありがとう。これからよろしくね!!』
家についてiPhoneを見たら森くんからメールが来ていた。
別れ際にアドレス交換をしたんだった。
あ、やっぱり現実なんですよね…これ。
『そうそう!僕のことはこれからゆうたって呼んでね!!』
そういえばいつの間にか啓ちゃんって呼ばれてるし。
いや、これは何かの間違いなのだ。
あのときは押され負けてしまったが何かおかしくないか。
いやいやおかしい。絶対おかしい。次の出勤のとき森くんと話そう。
そう覚悟を決めて、二日後出勤したときに
ケーキ屋に森くんの姿をこっそり確認しながら
えのサンしかいないバックヤードに入っていった。
「おはようございます。」
「おお、啓介!ゆうたとよろしくやってるか!!」
「………!!!!」
ち ょ っ と ま て 。
「えのサンなんで知ってんですか…!!」
「ん?なんのことだー?」
「だから俺と森くんが付き合ってることですよ!!」
「ゆうたはしっかりしてるし、お前にぴったりだよ!」
「いやいやいやいやいや違うんですって!!」
「幸せにしてやれよ!!」
あのホモ野郎しゃべりやがったーー!!!!
その日の帰りに従業員出口から出てくるのを待ち伏せして、森くんに声をかけた。
「ちょっと森くん…。」
だが俺の顔をチラッと見ただけで反応してくれない。
「ちょ、ちょっと…。」
うろたえる俺を無視してすたすたと歩いていってしまう。
「…ちょ……。」
うーーー。
「……ゆ、ゆうた…。」
「なにっ?啓ちゃん♪」
名前で呼んだら笑顔で振り返るゆうた。
このドホモが…!!
「てかメール返してよ!!」
「いや、そんなことはどうでもよくて…。」
「よくないっ!!」
「いや、てか、えのサンが知ってたんだけど、どういうこと…。」
それにはゆうたもびっくりしていた。
「ほんと、誰にも言ってないよ!榎本さんに聞いてみてよ!」
そんなはずあるか!!
あるはずもない!!
「ああ、でも榎本さん俺がゲイってことは知ってるよ。」
「えっ!!」
「俺が…あ、うん、知ってる。」
珍しく言い淀んだが、どうやらホントに言ってはないらしい。
衝撃だったのはケーキ屋のみんなも寿司屋のみんなも
ゆうたがゲイだということを知ってるというのだ。
俺だけ知らずに一年以上も働いてたなんて…。
そして後にえのサンから誰から聞いたのか問い詰めたら、
「俺は啓介から聞いたんだぞー?w」と言われた。
そういえばえのサンは『ゆうたをよろしく』としか言ってなかった。
俺がゆうたを呑みに誘ったのを見て、えのサンはカマかけただけらしい。
ナンテコッタイ/(^o^)\
そしてえのサンのことに気を取られて、交際うんぬんのことはすっかり忘れてた俺。
そんなどたばたしてる間に、初デートに行くことになってしまった。
ゆうたとメールのやりとり。
『啓ちゃん、デートは男から誘うもんだよ。誘って!』
『いや、無理。デートなんかしたことないし』
『えー!じゃあ、みなとみらい行こうよ。夜景きれいだよ。』
『じゃあ、そこで』
『違うの!誘って!!』
………。
『みなとみらい行こう』
『いつ行く?休み合うかな。』
『わかんない』
『わかんないじゃなくて相手の予定聞いて!』
あーもう面倒くせえなあーー!!!
俺は何の気も使ってない服装で初デートに向かった。
ゆうたはちょっとこじゃれた格好をしていた。
二人でワッフルを食ったり水辺を散歩したり
夜になったらベンチに座って夜景をみたりした。
何をしてても楽しそうなゆうたを心で遠目にみながらも
一体俺は何をやってんだか…。という気持ちになっていた。
でも、自分の思っているゲイのイメージとはちょっと違った。
いま思えばオカマとゲイを混合していたんだと思う。
ときどき可愛いことを言う以外は、普通の男とかわりなかった。
ふざけて腕を組んでくることはあったが
セッ○スはもちろんキスもしたことはなかった。
恋愛ってこんな程度なんだろうか…。
それ以降、ゆうたリードで俺が誘って月に一、二度出かけたり
世間話的メールのやりとりをしたり、仕事終わりにちょっと話したり
付き合ってるのかもよくわからない些細な日常を三ヶ月ほど繰り返した。
だいぶゆうたとのやりとりにも慣れてきたが、恐れていた事態があった。
そう、家族にバレることだ。
母としこは心配性でおせっかいで、妹めぐみは俺を完全に見下してる感がある。
バレたらとんでもない騒ぎになるに違いない。
幸いにも、えのサンは付き合ってることを誰にもしゃべってないみたいだった。
しかし、俺は自ら爆弾を落としてしまうのだった。
「けーすけパソコンかして。」
妹めぐみは、いつもこう言って俺の部屋に乗りこんできてた。
「いま使ってる。」
「ニコニコ見てるだけじゃん。」
「うるさいな。」
「30分だけ貸してよ。」
「いつもそういってどかないだろ。」
といったやりとりを毎度のようにしていた。
自分で買えよと思いながらも、結局貸してしまう俺だった。
しかし二時間以上も部屋に居座られるとやることもなくてイライラしてくる。
「いい加減どけよ。」
「いーじゃん。勉強でもしてたら?」
ほんと妹がいないやつがうらやましいと思うよ。
妹萌えとかしてみたかったぜ。
「けーすけパソコンかして。」
その日、俺はベッドに横になってゆうたのメールを見返していた。
「…別にいいけど。」
「めずらしーパソコンやってないんだ。」
家にいるときはずっとパソコンの前に座ってるから
たしかにめずらしいことだったかもしれない。
「ねー電源どうやってつけんの?」
モニタの電源をカチカチやっていた。
「メールしてんの?」
「うん。」
「ねえ、最近よく出かけるしメールしてるし、彼女できたの?」
「そう。」
「てきとーに返さないでよ。彼女できたの?」
「うるさいな。」
「ねえ、彼女できたの?」
「うるさいな。パソコンやってろよ。」
「だから電源つけてよ。ねえ、彼女??」
話聞いてねえコイツ……。
「しつこいなー。彼女だよ。」
それを聞いためぐみは突然部屋を飛び出して
「おかあああさああああーーーん!!!」
と叫んでリビングに駆け込んでいった。
ちょおwwwwおまwwwwwww
その後は嵐のようなひどい有様だった。
母としこは「ウチに連れてらっしゃい!」しか言わないし
妹めぐみはけいすけに彼女プギャーwwしかしてこなかった。
いかんいかん。これで男なんか連れてきた日には超大型台風が起こる。
その騒動からしばらく経った後日のことである。
出勤してえのサンに挨拶したら
「おお、啓介!さっきお母さん来たぞ!!」と言われた。
ちょwwおかんwww
いや落ち着け俺、前から母としこはたまに買い物に寄ってた。
うん、おかんが来たからといってバレたわけじゃ
「ゆうたの話しといたからな!!」
…バレてました。
えのさんww
「なんて、うそだ、すまんwとしこさん知ってるもんかと思ってしゃべってもうたw」
「すまんじゃないっすよおー!!彼女っていってあったんすよー!!」
「まあ、としこさんが働いてるころからゆうたいるし大丈夫だろw」
「大丈夫じゃないですよー…。男と付き合ってるなんて知ったら…。」
「安心しろ。としこさんは器の大きい人だからな!!」
だめだこの人…お気楽すぎる…いまにはじまったことじゃないが。
やべえ…家帰りたくねえ。。。
ゆうたにメールしようと思ったが何と言っていいのやらだし
帰らないわけにもいかないし覚悟を決めるしかなかった。
「おかえり。今日ソーメンにしちゃった。簡単でごめんねー。」
が、しかし家に帰っても何事もなかったかのような母としこの対応。
「めぐみは?」
「もう寝てる。明日サークルの試合だから。」
「そ、そっか。」
用意されたソーメンをずるずるとすすりながらも
なぜか向かいに座っているおかんが気になってしょうがなかった。
「啓介。」
「な、なに。」
「次の休み、ゆうた君連れてらっしゃい。」
キタ━━━(;´Д`);´Д`);´Д`);´Д`);´Д`)━━━━!!!
もう逃れられんか。
『ゆうた。次の休み、おかんがうちに来いって…』
メールしたら、すぐに電話がかかってきた。
「啓ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない…。」
「うん…ごめんね、なんか。」
「謝ってもしょうがないだろ…。」
そうなのだ。
ゆうたは何一つ謝らなきゃいけない行動を取ってないのだ。
母としこがゆうたに何を言うのか、ゆうたがとしこに何を言うのか。
息子がホモと知った母の気持ちを考えると夜も眠れなかった。
こんなことなら付き合わなきゃよかった。
さっさと別れておけばよかった。
「けーすけパソコン貸して。」
「…あと10分待って。」
「いいけど。」
懲りずに妹めぐみが部屋に乗りこんできた。
俺が待てをかけたらめぐみは俺のベッドに腰かけた。
「ねえ、けーすけの彼女、男なんだってね。」
思わずマウスが硬直する。
それは何か色々間違ってるぞと突っ込む余裕はなかった。
「…母さんなんか言ってた?」
「ううん、今度ゆうた君っていう子が来るってゆーから
誰かきいたらけーすけと付き合ってる子だって聞いてびっくり。」
そりゃびっくりするだろ…。
「ゆうた君にひどいこと言ったんじゃないの?」
「なにが。」
「けーすけ無駄にプライド高いじゃん。」
「無駄にってなんだよ。」
「付き合ってどれくらいなの?」
「…四ヶ月くらい。でも普通に友達と変わんない。」
「付き合ってるのに友達とかわんないんだ。」
「変わんないよ。俺ゲイじゃないし。」
「フーン。ゆうた君かわいそうだね。」
「………。」
めぐみにもっともなことを言われたようで俺は胸が騒いだ。
そんなこんなで、ゆうたがうちに来ることになった。
そしてなぜめぐみもいるのだ。できればいないでほしかった。
「としこさんお久しぶりです!」
「ゆうた君いらっしゃい~久しぶりね!元気?」
「はいー元気ですよー!」
ファーストコンタクトから胃がキリキリした。
とりあえず和やかな雰囲気なんだよなこれ。
修羅場になったりしないよな。頼むから荒れないでくれ!!
しかし、俺の予想は大きく外れることになった。
母としこは終始ニコやかにゆうたと話しているし
めぐみも最初は興味本位で入りこんできていたが
すぐにゆうたと打ち解けて三人で楽しく話していた。
いつの間にか夜になり、ゆうたのお泊まりがいつの間にか決定していた。
自分でもびっくりしたのだが、俺は初めてこの時にゆうたが一人暮らしであることを知った。
しまいには三人で楽しくカレーを作り始めて、俺が仲間はずれっぽくなってた。
え、なに。なんでそんなに和んじゃってんの。
俺は最後まで緊張がとけなかったが
楽しくカレーを食ってテレビを見て談笑をして
俺の部屋にお客様用の布団がゆうたのために敷かれたが
めぐみがゆうたを自分の部屋に連れてって(仲良くなりすぎだろと思った)
おしゃべりの続きをしてたので、俺はリビングで母としこと二人きりになった。
ゆうたがきてから初めての沈黙。
うう…まだ三人で盛り上がってくれてたほうがよかった。気まずい。
でも、これだけは聞いておきたくて、自ら話を切り出した。
「母さんは俺が男連れてきて変だなとか嫌だとか思わないの?」
特にびっくりした様子もなく「そぉーねえ。」とおかんはしばらく考えて
「あんたがずっと独りでいるよりずっといいかな。」と言った。
「啓介、休みもずっと家にいるし、友達と遊んだりもしないから心配してたのよ。」
「そりゃ、ちょっと驚きはしたけど。」
「ゆうた君は気が利くし、とってもいい子だし。」
「啓介のことを大切にしてくれる人がいて母さん嬉しくないはずないでしょ。」
俺のことを大切にしてくれる人…。
母としこの言葉が胸にささって、その夜、俺の隣で眠るゆうたの顔を改めてみた。
たしかに、付き合ってから、ゆうたはずっと俺のことを大切にしてくれた。
こんな風に俺のことを想ってくれたのは人生ではじめてだ。
俺はゆうたに何をしてやれたんだろう。
「ゆうた君かわいそうだね。」
めぐみの言葉が思い出された。
「ゆうた。今度、海にいこうか。」
俺は、初めてゆうたのリードなしにゆうたを誘った。
「うん!楽しみにしてるね!」
ゆうたはいままでで一番の笑顔でそう答えた。
海でひとしきり遊んで、夕焼けの浜辺に二人で並んで座っていた。
俺は一人でソワソワしていた。やるぞ。やるぞ俺!!
日が落ちて、まわりに人がいないのを確認してから
俺はおもむろにたちあがってゆうたを後ろからギュッと抱きしめた。
「啓ちゃん…?」
「ゆうた…ありがとう。」
それしか言えなかった。
でも、それだけでゆうたは泣きだしてしまって、しばらく泣きやまなかった。
好きだったら、手も繋ぎたかっただろうし、キスも、セッ○スだってしたいだろう。
でも、ゆうたはデートに誘う以外俺に何一つ強要してこなかった。
そばにいられるだけでそれでよかったんだって言って、ゆうたは大いに泣いた。
つられて俺も泣いてしまった。ありがとうとごめんが混ざり合った気持ちだった。
ゆうたと付き合って半年間。
思い返してみれば、俺のまわりの環境はすごく良くなった。
ゆうたはケーキの廃棄を持ってくるとき山本さんも連れてきて
俺と会話を交わすきっかけをつくってくれたりしていたし
母としこや妹めぐみとの会話もゆうたが家に来てからすごく増えた。
(今更だがうちは母子家庭で親父は幼稚園のとき他界してる)
俺はゆうたのおかげでデートスポットをたくさん知ることができた。
最初はまったく気を使ってなかった服装も
ゆうたのさりげないアドバイスで改善されていって
たっけーブランド物じゃなくユニクロとかでもおしゃれになった。
海の一件以来、ゆうたと付き合ってることに恥じらいも特になくなった。
人に堂々としゃべったりはできないし、キスやセッ○スは踏み出せなかったけど
気楽にスキンシップも取れるようになったしデート中も二人で笑えるようになった。
付き合って一年半ぐらい経ったとき、ゆうたはケーキ屋を辞めた。
もうひとつのバイト、介護職のほうで正社員になれたからだった。
よかったな、とも言ったけど
これから顔がなかなか見られなくなったり
仕事終わりに会って話したりできなくなると思うと
少し寂しかった。
「介護職って給料安いし大変だよな。」
って俺が言ったとき、
「うん。確かに安い。かけもち大変だったーw」
「キレイな仕事じゃないし、お風呂介助とかすごい大変だしねw」
「でもすごくやりがいがあるよ。俺の天職だと思ってる。」
目を輝かせてそう言うゆうたに、俺はちょっと憧れた。尊敬した。
俺もいつかそう言える仕事が見つかればいいと思った。
(いつまでもフリーターやってらんねえよな。)
俺は、ゆうたに刺激をもらってもう一度公務員試験の勉強を初めていた。
顔を見られる機会はぐっと減ったが
ゆうたの休みになるべく合わせて俺は休みを取り
ときにはゆうたの家に泊まりにいったりしていた。
でも、やっぱり一歩が踏み出せなかった。
ゆうた…。セッ○ス、したいよなぁ…。
俺自身もゆうたのことが大切だと確実に思えるようになってた。
けど、どうしても一歩が踏み出せないまま、二年間が経った。
そんな悩みを抱える俺に、人生の分岐点が再び訪れた。
「林さん。お疲れ様ですー。」
仕事帰り、従業員出口を出たところで、俺はある人に声をかけられた。
「あっ、おつかれー。いま終わり?」
俺に声をかけてきたのは、山本さんだった。
ゆうたのおかげで、山本さんとは気軽に話せる仲になっていた。
もうそういう感情で見てはなかったけど。
「今日は早上がりだったんです。」
「え、じゃあ何してたの?」
「林さんとお話ししたくて…。」
「マジで。どうしたの?なんか悩み事?」
俺はあったかい飲み物を二人分かって、ちょっと肌寒い公園に二人で腰かけた。
「実は、まだ誰にも言えてないんですけど…別れたんです。」
山本さんは手渡した缶コーヒーをあけずに握りしめたまま、そう言った。
「そうなんだー…。それはつらいよな。」
昔の俺なら女の子と話すだけでキョドってたのに
いまじゃ大切な人がいなくなったらどれだけつらいか
こころにぽっかり穴があくのがどれだけ苦しいことかわかるなんて
ゆうたと付き合って俺もずいぶん変わったなあって思って少し笑えた。
「林さん、私のこと、どう思ってますか?」
「え。」
話が急に斜め上に飛んでいって俺はすっとんきょうな声をあげてしまった。
「どう思ってますか?」
「どうっていうと…仲良しだと思ってるよ。」
「そうですかぁ…。」
「うん。」
「仲良し以上には、なれないですか?」
「え。」
二度目の声裏返り。
山本さんは前の彼氏に浮気されたりして
離れたりくっついたりを繰り返してたらしく
もういい加減に疲れてしまって別れたらしい。
林さんみたいに真面目で大人な人と付き合いたいと言われ
「私、本気です!」
と最後に念押しされてしまった。
本気で怒るぞ
なんということだ。昔惚れた女に今更告白されるとは。
どうして三年前に告白してくれなかったんだ。
いや、三年前の俺じゃせいぜいキョドって終わりだ。
いまの俺があるのはゆうたのおかげなんだ。
でも、いまOKすれば俺はついに彼女ができる。
念願の彼女ができる。
でも、でも、そのためにゆうたを切り捨てるのは…。
俺は頭を抱えてしまった。
このままあやふやにはできまい。
困った俺は、ゆうたに相談することにした。
もうすっかり街は冬景色のとある喫茶店でのことだった。
「ゆうた、さぁ…。あのさ、俺、告白された…。」
「誰に?」
「…山本さんに。」
突然ワッと泣きだすんじゃないかと構えた。
何て答えたの!?って怒るんじゃないかと構えた。
ところがゆうたは泣きも怒りもせず
チューっとストローでアイスティーを飲みながら
「そっかあ。」
とあっさり答えた。
「啓ちゃんは、どうしたいの?」
「…わからない。」
「そっかあ。」
ゆうたを目の前にしているのがこんなにつらいことはなかった。
「じゃあ、別れようか。」
「えっ…。」
ゆうたは、またしてもあっさりとそう言ってのけた。
「当初の目的が達成されるんだよ。よかったじゃん。」
「啓ちゃんはゲイじゃないんだから彼女できたほうが幸せだよ。」
「俺は二年間一緒にいられてすごい幸せだったし、もう満足だよ。」
俺には何も言い返せなかった。
目の前のホットコーヒーが冷めていくだけだった。
「ここで、お別れにしよう。ね。」
喫茶店を出て、ゆうたは「じゃ、俺、行くね。」と言って去っていった。
あまりにあっさりしすぎた終わりだった。
俺はゆうたが絶対に泣くと確信していた。
「やだ!絶対に別れないから!!」っていって
やっぱそうだよなって思う予定だった。いや、思いたかった。
ゆうたの中で、そんなにあっさり別れられる仲だったんだな。
フラフラと冬の街を歩きながら、俺はだんだん腹がたってきた。
俺らの二年間ってなんだったんだよ…。
俺は山本さんにOKを出した。
はれて俺に初めての彼女ができた。
家族に報告したら、妹めぐみはゆうたと別れたことに憤慨したし
母としこは複雑そうにしながらも「うちに連れてらっしゃいね。」と言った。
えのサンは「まあお前がそう決めたならいんじゃねーかー。」と相変わらず。
でも「ほんとに真剣に考えた結果ならなー。」とめずらしくチクリと言った。
ゆうたはもうケーキ屋にはいない。
連絡を取って会おうとしなければ顔を見ることもない。
ゆうたはいまどんな顔をして生活してるんだろう…。
山本さんとの初デートは映画館だった。
二人で受け付けの画面を見ながら
「どこの席にしよっか」って話して
お会計3600円になります。と受付のお姉さん。
俺はいつものノリでポーンと2000円を出した。
「……。」
「……??」
「………。」
「あ、すみません、4000円で。」
俺は慌てて2000円を足して会計のお姉さんに渡した。
『啓ちゃん!女の子とデートするときはおごりが基本だよ!』
初めてゆうたとデートしたときにそう言われたのを思い出した。
おごるもんだよって笑っていいながらも
ゆうたは「俺とはいいの。」っていって
いつも自分のぶんはちゃんと自分で出す子だった。
半端なときは俺がちょっと多く出すくらいで。
(最初から払う気なかったよな、この子…。)
なんか俺はスッキリしない気分だった。
その他でも、二人で会計になるときは、なんとなく俺が払う係だった。
男と女のデートってこんなもんなのか。
金かかってしょうがねえな。
どんなに可愛くても一撃で冷める
その地方によっても違うらしいけど
これはないな…
モーションだけでもしないと…
付き合って二ヶ月くらいして、俺は山本さんを家に呼んだ。
簡単に挨拶を済ませて「林くん部屋いこっ。」といって部屋にあがった。
ゆうたはずっとリビングにいたのになぁ…ってふと思ってしまって
慌てて頭の中からゆうたを消した。いまの恋人は山本さんなんだ。
部屋で他愛もない話をして、母としこは夕飯のときに呼んでくれた。
食事が終わったら、山本さんはまた部屋に戻りたがった。
まあ、まだ付き合って間もなければ家族いちゃ息がつまるかな。
「ねえ、林くんちってお味噌汁にキャベツ入れるの?」
山本さんがそう言った。
「え、うん。何か変だった?」
「変だよーww普通はキャベツなんて入れないよーww」
「そうかな…。」
「最初みたときありえないって思ったーww」
このとき俺はすごくショックを受けた。
小さいころから食べて育ってきた母さんの料理を馬鹿にされたような
そんな悲しいような悔しいような気持ちになってとてもみじめだった。
『めぐみちゃんピーラー使うのうますぎ!笑』
『としこさん!洗い物、僕がしますよ!』
『啓ちゃん!』
なんだかんだ、俺は公務員試験に合格できた。小さな町の市役所だが。
山本さんからは「なんか公務員って地味ー。」と言われただけだった。
ゆうたなら絶対にそんなことは言わなかった。
そういえば、ゆうたに刺激をもらって頑張ったんだよなって。
俺はゆうたの面影をどうしても消しさることができなかった。
ゆうたはいまどんな顔をして生活しているんだろう…。
>「なんか公務員って地味ー。」
ここ全力でキレていいところだと思うがな…よく耐えたなお前。
山本さんと付き合って五ヶ月。
デートで、みなとみらいに行った。
ゆうたと初めていったデートスポット。
『啓ちゃん、デートは男から誘うもんだよ。誘って!』
俺は怖くてゆうたのメールを見返してなかったけど
そう言われてこいつめんどくせえと思ったのをずっと覚えていた。
夜景をみながら、俺は山本さんにゆうたのことを初めて話した。
「山本さん、森くんのこと覚えてる?」
「ゆうたくん?もちろん覚えてるよー。」
「俺、ゆうたと…二年間付き合ってたんだ。」
「……え?」
山本さんはびっくりした顔で俺を見た。
「林くんもゲイだったの?」
「違う、んだけど、付き合ってた…。」
「なにそれ意味わかんない。付き合ってたんでしょ?」
「付き合ってた。…なんかうまくいえないんだけど。」
「なにそれ…。気持ち悪いんだけど…。」
俺の心はナイフでグサリと刺された気分だった。
違うんだ。おかんもめぐみもえのサンも理解がありすぎたんだ。
普通の人はこういう反応をしてしかるべきなんだ。
昔の俺だって聞いたら絶対こういう反応をした。
でもゆうたと俺の二年間はそんな、ゲイだとかホモだとか
そんな言葉で簡単に片付けられる関係じゃなかったんだよ。
『ちょっと距離置きたい』
重い足取りでみなとみらいから家に帰って
iPhoneを取りだしたら山本さんからそうメールが入っていた。
そう、だよな…。
気が付いたら、俺はゆうたのアパートの前まで来ていた。
今更ゆうたに会ってどうしようというのだろうか。
でもどうしても顔が見たかった。会いたかった。
ゆうたの部屋に明かりはついてなくて、俺はドアの前に座り込んでいた。
一時間くらいしたら、カンカン、という階段を登る足音が聞こえた。
ゆうただ。
姿をみなくてもそう感じた。
コンビニ袋をさげたゆうたと、アパートの廊下で目があった。
「う…ぐ…う゛う゛う゛う゛う゛う゛……。」
ゆうたは嗚咽を漏らしてうつむいてしまった。
俺も体中を熱いものが駆け巡って、気が付いたら泣いていた。
自分はなんて卑怯な人間なんだろう。甘い人間なんだろう。
『ごめん、どうしても会って謝りたいことがあるから会ってくれないかな?』
山本さんにメールを送って、会ってもらった。
「振り回してごめん。俺、やっぱりゆうたを愛してる。」
そう、キッパリ言いきった。
「最低な真似をしてごめん。」
「ほんと。サイテー。」
山本さんが言ったことはそれだけだった。
もっと罰を受けるべきぐらい俺は彼女にひどいことをしたと思う。
まじつらいな
これ体験して書いてるとか涙止まらんよ
俺だったら書けねぇわ
それから、二年の月日が経った。
今月末は妹めぐみの結婚式。
普通女の子は男友達を呼んじゃいけないっていうけど
「どっちでもないしいいでしょ!」って押しに負けて
結局ゆうたも兄の彼氏として参加することになってしまった。
「絶対親族とか友達に言うなよ!!」と念は推したものの
やっぱりいまでも「NO」って言えない性格は治ってねえなあwって思った。
「兄貴スピーチしてよね!!」って頼まれて
過去に思いを馳せていたらこんな積もる話になってしまった。
いまはゆうたと二人で暮らしているけど、ゆうたは夜勤で一人の夜。
自分語りこれでおしまいです。お付き合い本当にありがとう!!
元恋人が忘れられないっていう理由で別れを告げられるって結構大きい傷になるんだぜ・・・
なっちゃうんだぜ・・・
>>158
まじでそれはいまでも申し訳ないことしたと思ってる。
山本さんから最初に告白されたとき俺がきっぱり断ってれば
あのときにゆうたを引きとめる勇気があったら誰も傷つけなかったと思う。
勇気なんてかっこいいもんじゃないな
俺はやっぱり無駄にプライドが高かったんだよな。
ゆうたと幸せにな
せっかくカキコしてくれたのに書き込みで精いっぱいでレスできてなくてスマン!!
こんな遅くまで付き合ってくれてほんとありがとう。
愛のあるS○Xの方は進んだのですか?
>>166
いまなら胸張って…は言えないけどww
愛のある営みは行われておりますということで…ww
実は山本さんとも営みはあったんだが結局DTのままだったから
うまくいかなくて空気冷めまくりで中断ってことがあったんだよね。
ゆうたのときも最初はうまくいかなかったんだけど
「別に無理して突っ込むもんじゃないしw」
「てかみんな勘違いしてるけどバックやる人ゲイの中でも半数くらいだよw」
(※バックやる=合体)
って言って笑ってくれたんだよね。
でも時間が時間だからやっぱり寝るわ。
>>1お疲れさん、ありがとう。
>>172
大切な人がいるということは素晴らしいことだよな。
余談になるんだが
俺が山本さんのこといいなと思ってた一年間
ゆうたは俺のこといいなと思ってくれてたらしいんだ。
俺が最初にゆうたを呑みに誘ったときの嬉しさといったらなかったらしい。
ゆうたの想いをえのサンだけは知ってたらしく、
俺が呑みに誘った→ゆうたはきっと行動に出る→あいつら付き合ったんじゃね?w
っていう推理であのときカマをかけたらしいw
まさか当たると思わなかったと言っていたがww
ゆうたと付き合ってる俺は世間一般的にみたらゲイなんだろうが
俺にとっちゃどうでもいいことだ。
ゆうたはゆうたで、世界に一人しかいなくて、俺の大切な人で、愛してる。
いまでもときどきみなとみらいにいって夜景を眺めてるよ。
みんなも、自分が大切だと思う人を大切にしてあげてください!!
それじゃ寝るぜえええおやすみ!!
乙
本当に幸せにな!!!
愛してるならそれがすべてだよ
乙でした,ありがとう
なんか、すげーきれーな話だったな。
引用元:https://www.logsoku.com/
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